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グローバル人材(笑)にならないために

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近年何かと話題なグローバルという単語。グローバル人材になろうと国や政府はたびたび煽っているのではないかという印象を受けます。

 

もちろんグローバル(global)という単語の捉え方は人それぞれですが、まぁ自分なりに考えて答えを持っているわけでもないのにこのグローバルおよびグローバル人材という単語を使っている人が多いのではないかと思います。

 

それはまぁ正直、「ダサい」ですよね。

 

「グローバル(笑)」(ぐろーばるかっこわら)みたいにならないように、自分なりに考えて定義をしておくべき単語だと思います。個人的には「意識高い(笑)」の次は「グローバル(笑)」が来るのではないかと思っています。というわけで自分なりのグローバルの定義をしておくことが重要だと思います。

 

 

僕の考えるグローバルとは?

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手元にあったジーニアスの英和辞典でglobalの意味を調べてみると、「全世界的な」とか「包括的な」とか「大域的な」という意味です。

 

予想通りというか、言われて納得ですね。

 

もちろん、「グローバル=海外」というチープな意味はありませんね。

 

僕は「世界中どこでも自分の能力を使って活躍できる」ことがグローバルで、それができる人がグローバル人材だと思っています。

 

というのも最近は一昔前よりも海外に行くことの抵抗感がなくなったからか、多くの人が海外に行ってますが、多少の例外はあるものの本当に能力のある人間が海外に行くことはなくなってしまったのではないかと感じてしまいます。

 

僕は工学部の電気系の学科ですが、優秀な人に限って推薦で電力会社とかに行きますよね。海外展開しているメーカーとかにも希望すれば行けるでしょうけど、別にそういうのに魅力に感じないんでしょうね。

 

だって今のご時世はスポーツとかを除いて、環境が弊害となることってあまりなくないですか。インターネットとある程度のお金さえあれば、世界中どこにいても情報が手に入るじゃないですか、どこにでも手に入るということは日本にいるから情報が入ってくることが少ないということはないわけです。研究者であれば世界中のジャーナルや論文にも日本からアクセス可能であって、地の利が悪いとかってないわけです。

 

じゃあなんで今はグローバル人材とかって煽っているのでしょうか、ここからは勝手な想像ですが、やっぱり日本に仕事がないからじゃないでしょうか。日露戦争後も多くの日本人がブラジルに渡っていましたよね。コーヒー農園で働いてましたが、待遇はそこまでいいものではありませんでした。というより結構過酷な環境だったようですね。でも「さあいかう一家をあげて南米へ」と扇動されていたので多くの人がブラジルに渡りました。もちろん日本人はそんな屈強に負けずに、ブラジルに渡った日本人の子孫は多方面で活躍していくのですが。

 

 

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(引用:日系ブラジル人 - Wikipedia

 

今後はこういった流れになっていくのは仕方ないと思います。機械が人間の仕事をどんどん奪っていく世の中です。日本人であるということに何の価値もなくなっていくことは間違えないです。いままで日本人であることに価値があったかと言われたら微妙ですが。

 

僕は日本で働くことができないから、海外に行くような人材になるのではなく、日本でももちろん海外でも働ける人材になりたいなと感じます。

 

 

グローバル人材とは?

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僕の定義からすると、メジャーリーガーや欧州のサッカークラブの選手、宇宙飛行士などの職業に就いている人はグローバルだなーと感じるのですが、多分そういう方々は「グローバルですねー」と言われてもなんもうれしくないでしょう。

 

ただ、野球なりサッカーなり好きなことを極めてきた結果としか感じていないはずです。宇宙飛行士ももともと医者か技術者の方が多いですが、自分の仕事を一生懸命やってきた結果として多国籍のチームで宇宙に行けるだけではないでしょうか。

 

また、地方でコツコツとやってきた研究成果が実は世界レベルの研究だったという話もあります。青色発光ダイオードを発明、実用化した中村修二氏は35歳でアメリカに留学するまで海外に行ったことがなかったそうです。しかし、いまではカリフォルニア大学サンタバーバラの教授です。世界のどこへ行っても引っ張りだこな人材であることは間違えないでしょう。

 

裏を返せば、現代社会はグローバルスタンダード(これ自体は和製英語ですが)を満たせれば、世界中どこでも働くことができる世の中になっています。またいいものは国境を問わずに売れる時代です。iPhoneなんてそれ自体のものが良いので、国ごとにモデルチェンジをしなくても世界中で売れています。日本のメーカーは家電を国ごとにモデルチェンジしていますが、そこまで売れているとは言えないのではないのでしょうか?

 

さいごに

 

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結局海外で働くとか、海外と仕事をしていくというのは結果であってプロセスではありません。自分の強みを磨いていけば、たとえ英語が喋れなくても世界が放っておかないでしょう。そのようになれるように自分と向き合い、自分の強みを見極め、それを極めていくということがこれからの時代において重要なのではないでしょうか。